ひねもすのたり。

日々と山と猫と蕎麦屋のこと。

井戸尻考古館へ。

少し前のお話になってしまいますが、4月5日に山梨でわに塚の桜を見たり中山展望台へ行ったりした日のことです。最後に立ち寄ったのは富士見町(長野県内)にある井戸尻考古館でした。

公式サイト→ 井戸尻考古館ホームページ

井戸尻はよくお名前をお聞きするので素人ながら気になっていました。

尖石は蛇、そしてこちらは水の生き物(と思われるもの)の印象が強かったような。

みづち文深鉢。

みづちとは…『なにか正体の知れない、一対の怪異な水棲生物。(解説のパネルより)』

この類の動物模様がついている土器はいくつかあるそうですが、ほとんどが土器としては単純な形をしているのだそうです。でも下半部は土器を作った時の輪積み痕が残されていて、それが水界を表現しているのでは…とのことでした。なんと素敵な感性だろう。

 

こちらは蛙?このゆるい感じ、現代でもそのまま何かのキャラクターになりそう。

解説のパネル。蛙と半人半蛙(はんじんはんあ)像について。

蛙モチーフの土器はいくつも出土されており、特に有孔鍔付土器(酒造器ではないかと言われている)に多いのだそうです。

古代中国では、ヒキガエルと月、月と水に関する信仰があったのだとか。それによるとヒキガエルは光らざる暗い月…しかしこれから蘇ろうとする月(つまり新月)の不死性を象徴している、と解説されていました。そして擬人化された蛙は死者の霊魂や祖霊の姿なのではないか…と。

古代中国の思想と照らし合わせて「ほぼ同じころ、遥か隔たった黄河流域と列島中部の先住民は同じ意識を抱いていたのである。」と書かれているのがなんとも胸熱ですねぇ。

有孔鍔付土器で醸された酒は月の水、つまり不死の水とされていたそうです。

月の水と聞くと土偶を思い出します。土偶が少し上を向いているのは月の水を集まるためであって、顔に描かれた線は涙やよだれでありそれは月の水なんですよというお話を読んだことがあります(あくまで一説です)。

古代人にとっても月の力は偉大なものだったのですね… あ、でも現代でも月に関するおまじないはありますよね。なんだっけ…ひとつも思い出せないけど(;'∀')なにかを一晩月の光に当てるとどうとかって子供の頃に本で読んだような気が(すべてがうろ覚え)。

 

対面した瞬間、思わず「どういうことなんだ…」と呟きたくなる四方神面文深鉢

こちらの土器は文化庁主催の『発掘された日本列島2022』という展示会に貸し出しのため、5/13から不在となってしまうのだそうです。井戸尻考古館に戻るのはなんと来年の3月頃だとか…。お気を付けて全国を巡ってきてくださいませm(__)m

考古館の公式サイト内の説明によると「井戸尻式土器と聞いて思い浮かぶのはこのタイプの土器ではないだろうか。それほど井戸尻式には口縁の四方に大きく立体的な造形がのるものがある。」とのこと。四方を祭る神の姿(顔)ではないかという見方もあるそうです。こういうものも煮炊きに使っていたのかな…それとも祭祀用?見れば見るほど不思議な造形です。

 

さて、土器エリアも素晴らしいのですが後ろの土偶エリアも気になりまして…

重要文化財 蛇を戴く土偶 -巳を戴く御子-

見た瞬間「わぁこんにちは!可愛いチビちゃん」と思わず声をかけてしまいそうに。お会いしたかった土偶のひとつです。正面のお顔はなんだかのほほんとしているように見えますが、後ろに回ってみると…

頭の上には…なんと蛇の姿が。

この時代の人面深鉢の中には頭上に蛇をのせた作品もあるそうですが、「土偶では他に類例を見ない」のだとか。特別なものなのですね。

 

重要文化財 始祖女神像 こちらもお会いしたかった土偶

↓公式サイト内で詳しく解説してくださっています。

≪特集≫ 始祖女神像 ~坂上遺跡から出土した土偶~

この佇まいもぱっと目を引くものですが、よくよく見てみると体に刻まれた模様がものすごく細かいのですよね…。この模様はもう少し新しい時代に別の場所から見つかった土器にも描かれているというのだからますます不思議です。古代人の伝えたかったもの、残したかったものとは何だったのでしょうね…。

 

他にもたくさんの顔、顔、顔。真ん中のはオコジョみたい。

下の二つの大きな目は何かのキャラクターみたいで可愛いですね。ご当地キャラにいそう。

おお、嘆きの土偶… ちょっと昔のRPG(主にファミコンスーファミ時代のドラクエ)に出てきそうな名前…!!

こちらはなんだろう、二頭身のミニミニくまちゃんに見えてしまう…。もしかして耳みたいな二つの丸は目?だとすると蛙?うーむ…

土偶について。こちらにもやはりオオゲツヒメウケモチのお話。カグツチイザナミの体の八雷神も。屍体から生まれる新しい何か…原始的な信仰では「死=忌み恐れるべき」ものではなく、死から新しい命が生まれるというイメージなのですね。

 

土偶エリアをじっくり見終わり、再び土器エリア。

真ん中の存在感がある土器は水煙渦巻文深鉢。私が一番好きな土器です(^^)なんとも美しい…渦というか波のようにも見える美しい曲線、うっとりしてしまいます。

水煙文土器の説明について、山梨の釈迦堂遺跡のHPを参考にさせていただきました↓

水煙文土器は、水煙(みずけむ)りを思わせる、ゆるやかで美しい曲線を用いて表現された立体的な曲線文を口縁部に持つ土器で、山梨県甲府盆地を中心に出土する縄文時代中期の土器です。ダイナミックでありながら柔らかな曲線で飾られた把手は二対(4個)からなり、渦のように廻りながら少しずつ変化させるのが火焔型土器との大きな違いです。甲府盆地から出土する水煙文土器はいずれも大型で優品が多くみられます。

山梨県立考古博物館に行った時も立派な水煙文土器が展示されていました。(釈迦堂遺跡も気になっているのですがまだ行けていません…近いうちに必ずや。)

富士見は長野県ではあるけれど山梨のすぐお隣だから文化圏(という言葉が正しいかわからないけど)が同じなんですね。地域ごとの特色って本当に面白いですよね。

ちなみにオットは火焔型土器が好きなのだそうです。長野県でも北部の方では見つかっているそうですが(栄村の道の駅に火焔型土器のオブジェがあったような)、やはり本場というと新潟なのでしょうか。ゆっくりのんびり土器を見に行ってみたいなぁ。

そういえば以前YouTubeでとあるおじいちゃん先生(かなり失礼な言い方ですが、スミマセン)の講座をよく聞いていたのですが「火焔型っていうのはですねあれは火焔じゃなくて水煙なんですね」とおっしゃっていたっけ。それも気になるお話。

そのおじいちゃん先生(何度もスミマセン)の講座はとても面白くて諏訪信仰の回などもいくつか聞かせていただいたのですが、何にしろスパスパ物を言う感じではないので「ここにはですね…〇〇神が入ってくるもっと前から古い神がいたのですがね…それは…あー…うーん… また後で言うんですけれども」てな感じで私は度々ズッコケてしまいます(;'∀')それはそれで面白いのですが。

 

おお、巨大な土器。こちらにはなんと「新嘗祭用の礼器」との説明書きが。えっ、新嘗祭ってそんなに古くからあったんだ…!?(新嘗祭という言葉は当然まだなかったでしょうけれど)収穫を祝い、神様に感謝をするという祭祀をされていたのですね。

 

あら素敵、急須みたい。これはいつ頃のものなんだろう…解説のパネルを見たはずなのですが失念してしまいました(・・;)

さて、一通り展示物を眺めて出入口近くまで戻ってきました。最後の土器エリアにあったのが

こちらの深鉢なのですが…

えっ、唐草文って松本盆地伊那谷の特徴でもあるんだ。なぜ?そしてそれがなぜ富士見に?当時は意外と交易が盛んで離れた土地の土器や石などが見つかることも多いそうですがそういうことなのかな?それとも誰か富士見で「これが松本や伊那谷でのトレンドらしいよ」ということで唐草文の土器を作ったのかな。色々妄想…。

 

そして出入口まで戻ってきました。個人的に良いなと思ったのがこちらの展示。藤森栄一さんや小林公明さん(二代目館長)などの名言が、味わいのある木のパネルに書かれているのです。なんと宮崎駿さんのお言葉も。

『難しいことはどうだっていいじゃないか』と専門家の先生が言ってくださると、我々のようなド素人も縄文を楽しんでいいんだ…と気楽になりますね。ありがたや。

 

最後に、考古館を出る前にお土産を入手しました。

井戸尻ステッカー\(^^)/早速車にペタッと。

 

更に、

縄文カード!!

何を隠そう、今回はこちらの神像筒形土器に会うために井戸尻へ行ったのでした。実物は撮影禁止のためこちらのカードを掲載してみたのですが…こ、これなら大丈夫ですよね?(・・;)

カードで見てもこの美しさ、実物は圧倒的な存在感でした。エジプトだとか中東だとか…異国を思わせるような造形が本当に不思議です。うっとり。

 

そんなこんなでお目当ての土器にも会えたし楽しい考古館巡りでした。帰宅後、余韻に浸りながら何気なくネットを見ていたら… 「井戸尻って『暗黒神話』のオオナムチやタケミナカタのモデルになった竜蛇の神があるよね」との書き込みを見つけ…

 

あ… あーーーー!!!

そうだ、あれ井戸尻だ!(;´Д`)

 

昨年の諸星大二郎原画展の公式図録を引っ張り出して確認してみました。イルフでほうほう言いながら眺めた土器の破片…確かに井戸尻考古館と書かれています。今回館内でも見たはずですが「ほえー」でスルーしてしまったと思われます。

もう、まさに「コドワよお前は大きな間違いを犯した」ですよ…ほんとスミマセン…。

 

そんなこともあり、また改めて井戸尻考古館にお邪魔せねばと思う次第であります。

次回はお隣の民俗資料館編です。

 

※前回の尖石縄文考古館のお話はこちら

hinemosk.hatenablog.com