ひねもすのたり。

日々と山と猫と蕎麦屋のこと。

原人はどこへ。

前回の続きと見せかけて、ネット記事関連の備忘録をば。

※前回はこちら 気になる年表。 - ひねもすのたり。

 

つい先日、55年前に行方不明になっていた夜見ヶ浜人の骨が見つかったというニュースがありました。

当時の鑑定結果によると2万年~5万年(!)前の人骨とのこと。現代の技術で鑑定したら何万何千年前のものと出るのでしょうね。改めて鑑定するには2年ほどかかるそうですが、いつかその結果が出るのが楽しみです。

 

そういえば。

昔「三ヶ日原人」の骨がどうのこうのという話がありましたよね…?わたくし生まれが遠州地方なのですが、身近な場所で古い人骨が見つかっているってすごいことだなと大人になってからじわじわと感じました。

学校で習った頃は如何せん子供なので「原人だってw野蛮人wwwウホウホwww」としか思っていなかったな…すみませんです。

し か し。

何がきっかけだったか覚えていませんが、国内最古と考えられていた豊橋の牛川原人の骨が実は動物の骨だった、という記事を読みまして。(以前はナウマンゾウの骨か?と言われていたけど最新の研究によるとどうやらクマの骨らしい)

え、じゃあ三ヶ日原人は今どうなってるの…?と検索してみたら、こちらは確かに人骨ではあったものの、発見当時は後期更新世(12万6000年前から1万1700年前)と考えられていたものがその後の研究で縄文時代早期(約9000年前)のものであることがわかったとのこと。ちなみにいつの間にか名称が変わっていて、三ヶ日原人ではなく「三ヶ日人」になっていたみたい。

※〇〇原人の原人は、いわゆる猿人・原人・旧人・新人の原人ではなく「古い時代の人類」という意味で使われていたそうです

 

なんだ、意外と新しい骨なんだな…と思ってしまったけど、それでも1万年近く前の人骨が残っているってすごいことですよね。日本は火山大国だからほとんどの地域が酸性土壌であり、骨は残らずに溶けてしまうというのはよく聞く話。

三ヶ日人の骨が見つかった場所は石灰岩採石場だったため(弱アルカリ性)、骨が残っていたと…

そうそう石灰岩採石場といえば浜北の浜北原人もそうなんですよね!しかもこちらは1万8000年前と1万4000年前のものだという測定結果が出ているのだとか。

浜北といえばオットの地元なので、「浜北原人ってさぁ…」と訊くと「あぁ岩水寺ねー」と返ってきました。そうか岩水寺さんのところか。あとこちらも現在は浜北原人ではなく浜北人と言うんですね。

 

昔の人骨というと、現在はっきりわかっているもので一番古いものは沖縄の港川人でしたっけ。こちらは更に時代を遡りおよそ2万年~2万2000年前、しかも全身骨格だというのですごいことだなぁ…(遠い目)。

と思っていたら「石垣島で見つかった人骨が、全身骨格がほぼ残った人骨としては国内最古の約2万7千年前のものとみられることが分かった」という2017年の記事が出てきまして… はぁ~私が日々ぼんやり過ごしている間に専門家の先生方の研究はものすごいスピードで進んでいるんですね_(._.)_

 

埼玉県立歴史と民俗の博物館で拝見した縄文人先輩_(._.)_

展示室入口の大きなパネルには…

日本列島にはいつ頃から人が住み始めたのか、まだ明らかにされてはおりません。今日もまた多くの研究者たちが追求を続けています。

私たちがこうして楽しんでいるのも研究者の皆さんのおかげですね、ありがたや。

原人のことなどを考えている最中、どうも脳内でPUFFYの『アジアの純真』がぐるぐると回り始めてしまいました。

北京原人ダブリンリベリア 束になって象になって・・・

あれ?歌詞合ってる?検索してみると正しくは

「北京ベルリンダブリンリベリア 束になって輪になって」

全然違うがな。

象が出てくるの2番だったかな、と思いきやひとつも出てこないでやんの。原人がアジアを遍歴してみんなで象になる歌ってどういう世界線よ、とひとりで脱力してしまいました。

最後にくだらない話で失礼しました。おやすみなさいまし。