
今年2月、佐久市文化財事務所考古遺物展示室の「香坂山遺跡の石器展」にお邪魔いたしました。今更ながら備忘録を綴りたいと思います。
▼香坂山遺跡については過去記事で長々と書いたので詳しくはそちらを

香坂山遺跡といえば3万6800年前という国内最古級の石器が出土したことで有名ですが、中でも注目されているのが大型石刃・小石刃・尖頭形剥片の3点セット。
このような石器の組み合わせ(石器組成)そのものが国内初の発見だったことに加え、なんと約4万5千年前のユーラシア大陸中央部にもよく似た石器組成がみられることがわかったのです。
約30万年前にアフリカで誕生し、約6万年前から世界中に拡散したとされるホモ・サピエンス。香坂山遺跡の石器は、ホモ・サピエンスがいつどのような経路で日本列島に到達したのかを探る手掛かりになるのだとか……

あまりにスケールの大きい話で頭がフワフワしてしまいます。

こちらは刃の部分だけを磨いて作られた石斧。日本列島では約4~3万年前の後期旧石器時代に登場するものの約3万年前以降は姿を消し、縄文時代草創期に再び登場するのだとか。日本の旧石器時代の存在や、磨製技術の発展を示す重要な証拠とされているようです。

大きな石刃核。この原石を石のハンマーで叩いて何枚もの大型石刃を剥がすことで、貴重な石材を効率よく利用していたようです。

跡がくっきりと残っていますね。原石から剥片をとる様子については博物館やSNSなどで動画を拝見したことがありますが、上手な方がやっているのを見るとパカーンパカーンと割れてすごく気持ちがいいものです。私もやってみたい…!と思ってしまうけど、当然同じようにはできないだろうな…

香坂山遺跡の地層。下の方に姶良丹沢火山灰(約3万年前)、そのさらに下層から旧石器時代の石器が出土しています。こういった地層の様子はあちこちの博物館などで見ることができますが、毎回「昔の地面は随分下にあったんだよなぁ…」と不思議な感覚に陥ります。

隣の小さなパネルには香坂山遺跡発掘調査の経緯が記されていました。
1997年、八風山トンネル建設に関わる試掘調査の際に発見された香坂山遺跡。この辺りには八風山遺跡群や下茂内遺跡など旧石器時代から縄文時代にかけての遺跡が分布しているものの、出土した石器群は当時「いずれにも属さない未知のもの」とされていたようです。

それから数十年が経過し、2020年のこと。奈良文化財研究所の国武貞克先生が香坂山遺跡の未発掘地点を調査したところ例の石器3点セット(大型石刃・小石刃・尖頭形剥片)を発見した…というのは以前の新聞記事で知っていましたが、そこへ至る経緯が少し意外でした。
どうやら新型コロナの影響で海外調査に行けなかった間に「おや?過去に出土した香坂山の石器ってユーラシア大陸の石器組成とよく似ているのでは」ということに気付き、調査をすることになったのだそうです。
そういうことだったんだ…!!新型コロナがこんな歴史的発見にも影響していたなんて。なんだか複雑な思いもありますが運命というのは数奇なものですね。
しかも、このことがさらに大きな発見へとつながっていきます。「香坂山遺跡を遺した人類がどこから来たのか」を探るために大陸により距離が近い場所(信毎の記事によると中間地点の候補である中国山地)を発掘調査する中で、広島県の冠遺跡からあの4万2300年前の石器が見つかったのです。(ただし、石器の特徴から香坂山遺跡にいた人々と冠遺跡にいた人々とでは、大陸からのルートに違いがあるとのこと。※過去記事:香坂山遺跡の石器など、備忘録。 参照)
どんどんつながっていくなぁ…なんという胸熱展開。

昨年の新聞記事を引っ張り出し、改めて熟読。私たちの祖先がどのような旅路を経て日本列島に辿り着いたのか、とてつもなく大きなロマンを感じますね。
さらに発掘調査が進むと、次はどんな大発見があるのでしょうか…万年素人ながらとても楽しみです。