ひねもすのたり。

日々と山と猫と蕎麦屋のこと。

スティル・ライフ。

季節は少し遡りまして…

秋が深まり始めた頃、その年で一番最初に「今夜はやけに星がきれいだなぁ」と感動し、それと同時に「そうか、もうそんな季節なんだ」と気付かせてくれる日が必ずあります。

昨年の秋にもやはりそんな日があったのですが、その時にふと脳裏をよぎったのは

『たとえば星を見るとかして』

という一節でした。これは確か…と本棚へ向かい、取り出した一冊が

池澤夏樹さんの『スティル・ライフ』でした。

以下、若干のネタバレを含みますのでご注意ください。

 

淡々とした、端正な、静謐な、そんな言葉が思い浮かぶ美しい小説。

我が家の本棚でずっと眠っていたこの本を久々に手に取り、おそらく10年ぶりくらいに読んでみました。

前回読んだ時からすると私の考え方や感じ方、取り巻く環境がガラリと変わったのか、冒頭からものすごい引力で引き込まれてしまい、結果、冬の間に何度も繰り返し読むほどでした。

 

主人公の「ぼく」と佐々井の二人の会話を軸に進んでいくストーリー。

中盤以降少し意外な展開があるものの、二人はそれぞれの内面を探り、そして外側の世界と向き合う。そして私は静かに流れていく時間をただ眺めるだけの 壁の心境でした。(あれっ急にオタク根性が出ちゃった)

 

以前はそこまで気に留めなかった、シーツに風景写真を延々と映していく場面。久々に読んでみたら「屈指の名シーンじゃないか…!」と胸にくるものがありました。

「なるべくものを考えない。意味を追ってはいけない。山の形には何の意味もない」

と、山々の写真を見るコツを小声で教える佐々井。自分で撮った写真も本や新聞から複写した写真も、選別してはいけない。

「そうするうちに個々の山は消えて、抽象化された山のエッセンスが残る」

「おもしろいだろ。写真というのは意味がなくてもおもしろい。一つの山がその山の形をしているだけで、見るに値する」

佐々井の話を聞きながら、なぜかフォッサマグナミュージアムで見た大スクリーンの映像がふわっと思い出されました。プレートが衝突し地面がうねりながら山が隆起していく。大地が引き裂かれて水が流れ込み海が現れる。目まぐるしく変化し出来上がっていく世界。

以前読んだ時にはわからなかったことが、「そういうことか」とわずかに見えたような気がしました。そう、山の形には意味はない。もしかしたら佐々井の言う通り、山には山の原素が降り積もり、熱帯雨林にはみずみずしい緑の原素が降り積もり、そんなふうに地形ができたのかもしれない。

「およそ目をもつものが何もいない時の、光景みたいなものがその時だけ見えた」

佐々井よ、お前は人生を何周してきたんだと問いたい気持ちもありますが、その前に注目したいのが主人公「ぼく」の雪の話。

目の前で何かが輝いたように、ぼくははっとした。雪が降るのではない。雪片に満たされた宇宙を、ぼくを乗せたこの世界の方が上へ上へと昇っているのだ。静かに、滑らかに、着実に、世界は上昇を続けていた。

「ぼく」のこの話を受けて、佐々井はおそらく誰にも見せたことのない風景写真を見せたんだろうな、と思うと…

君たち… 君たち…

推しが尊すぎてしんどい。

 

……ハッ、真面目に本の感想を書くつもりが。

佐々井が異次元なのは誰の目にも明らかでありますが、我らが主人公「ぼく」も人間の本質を探る素養がある人物なんだと改めて気付かされました。ただの染色工場勤務の若者ではないのだよ(なぜか私がドヤ顔)。

特にラストシーンは「ぼく」と佐々井の最後の会話かと思いきや、これはイマジナリー佐々井を召喚した「ぼく」の内面との会話なのか。

あ、今、急に諸星大二郎の短編『桃源記』がよぎりました。陶淵明が旅の途中で潜と元亮という二人の人物に出会ったが、最後には二人は影となり「私たち三人はいつも一緒だったではありませんか…」。

 

いやぁ、それにしても。

佐々井にたいして「君はロマンチストなんだか理屈っぽいんだかはっきりしろ」と気軽にツッコミを入れられるようになったのは、私が10歳年齢を重ねたからなんだろうな。

ところでこんな細かいところはどうでもいいとは思うけど、10年と書いていますがおそらく10年前は移住・開業準備でドタバタでゆっくり本を読む余裕などなかっただろうから、12~13年前が正しいかもしれない、なんて。ただふと思っただけです失礼しました。

 

このあとまた数年置いて再読したら、次はどんな感想を抱くのでしょうか。

好きな本は数あれど、この一冊は紙でずっと手元に置いておきたいと心から思ったのでありました。こんな物語だけ読んで一生過ごしていたい。

 

…と、締めに入ってしまいましたが、読書メモとしてまだまだまだ綴りたいことがありますので、あと何回かに分けて書くと思います。ご興味のある方、よろしくお付き合いくださいませ。