ひねもすのたり。

日々と山と猫と蕎麦屋のこと。

八ヶ岳と富士山の伝説。

 

先日、権現岳信仰についての備忘録を綴りました。

この中で「富士山の噴火を鎮めるためには、かつて富士山以上の高さを誇った八ヶ岳にお願いするしかない」という話が出てきましたが、この富士山と八ヶ岳の高さにまつわる伝説については皆さまご存知でしょうか。

むかしむかし、富士山の神様と八ヶ岳の神様が「私の方が背が高い」「いや私の方が高い!」と言い争いになりました。いつまでも揉めているので、見かねた阿弥陀如来様が二つの山の頂きに長い樋を渡して水を流すと、水は富士山の方へ流れていきました。つまり富士山よりも八ヶ岳の方が高かったのです。

気の強い富士山の神様はこの結果に大層悔しがり、八ヶ岳を蹴っ飛ばしてしまいました。すると八ヶ岳の頭は八つに割れ、富士山よりも低くなってしまったのでした。

…要約するとこのようなお話です。かなり有名な話なので「どこかで聞いたことがあるなぁ」という方も多いのではないでしょうか。

二つの山頂に長い樋を渡したり山が山を蹴っ飛ばしたりというのはさすがにありえない話ですが、実はこの顛末、地質学的にわかっている事実と一致しているようで…

というのも、噴火活動が活発だった大昔には富士山よりも八ヶ岳の方が高かった時代が実際にあり、その後の噴火や山体崩壊により八ヶ岳はだんだんと標高が低く、そして富士山は逆に標高が高くなっていったそうなのです。

もしそれが文字の存在する時代だったのなら古い史料に記されていそうなものですが、山々の噴火活動が盛んだったのは数十万年前(八ヶ岳はそれ以上)からのこと。少なくとも日本列島には人類が到達していないとされている頃です。

それなのに「え、この歴史的な流れ、誰か見てた?神様が経過をメモしてた?」と言いたくなるほどのストーリー展開…!思わず拍手を送りたくなるほどの鮮やかさなのです。

(北杜市・梅之木遺跡より望む八ヶ岳)

この二つの山の噴火活動について、以前拝読した内藤久敬さんの論文『伝説「富士山と八ヶ岳の背くらべ」の地質学的考察』についてのメモがノートに残してあったのでそこから備忘録的に綴りたいと思います。

 

約25万年前

八ヶ岳(古阿弥陀岳火山) 約3400m

・富士山(小御岳火山) 約2400m

約10万年前

八ヶ岳はほぼ現在の山容 阿弥陀岳2805m、赤岳2899m

・富士山(古富士火山) 約2700m

約1万年前

新富士火山の活動が始まり、高度を上げ3776mに達した

 

八ヶ岳の噴火活動】

約130万年前から始まり、初期の噴火は蓼科山付近(古蓼科火山)、ほぼ同じ時期に麦草峠付近(古麦草火山)と八柱山(古八柱火山)でも起こっていた。北八ヶ岳の噴火がほぼ収束したあと、約30万年前から南八ヶ岳での活動が始まった。阿弥陀岳付近(古阿弥陀岳火山)を中心とした大規模の噴火で、長期に渡る活動だった。

八ヶ岳をよく歩かれる方にとっては「うんうん、あの辺りね」とすぐに位置関係を思い浮かべられるのではないでしょうか。やがて古阿弥陀岳は山頂のほとんどを失うほどの大崩壊期に入り、大量の泥や砂礫が甲府盆地を埋め尽くしたのだそうです。その層の厚さは日野春付近で約150m、甲府盆地で約110m、末端の曽根丘陵で約10m。この規模は世界でも有数だと言われているそうです。

博物館などで古い地層の展示などがあると、昔の住居跡や遺物などはとんでもなく下の方に埋まってたんだな…というより現代の私たちが昔よりも数m高い位置で暮らしているんだなとすごく不思議な感覚に陥ることがありますが、このように具体的な数字を示されると改めて「そりゃそうか…!」という気持ちになります。

それにしても古阿弥陀岳の大崩壊、これは本当に蹴っ飛ばされてぶっ壊れたとでも言いたくなるほどの勢いですね… 富士山よりも高い山だった頃の古阿弥陀岳はどんな風景だったんだろう。

2021年、赤岳の手前から眺めた阿弥陀岳

阿弥陀岳はガレガレ&ザレザレで赤岳よりも緊張感があったな。崩れやすくて嫌な感じの岩場でした。

阿弥陀岳山頂からの富士山。現在日本一の標高となった富士山と対峙し、八ヶ岳の神様は何を思うのか…。どこからか「ちくしょう」という本音が漏れ聞こえてきたり、なんて(妄想)。

 

【富士山の噴火活動】

約50万年前に遡る。ほぼ同じ場所で4回の大きな噴火が起こり、その4回目の噴火で今の山体が形成されたのだとか。約10万年前に今の火口直下付近で大規模な噴火が始まり、新たな山体として古富士火山(約2700m)が誕生。この時の多量の火山灰が関東ローム層になった。

約1万年前に再度始まった噴火活動では溶岩を大量に噴出。これを最後に大規模な火山活動はほぼ収束し、現在の富士山の姿が完成した。

 

この後、内藤久敬さんの論文ではそれぞれの山の噴火活動の場所の違いについて書かれていました。富士山はほぼ同じ場所で4回の噴火が起こったことで美しい円錐型の独立峰となり、世界でも特異の規模と山体を形成しているのだとか。対して八ヶ岳は同じ場所で連続した噴火活動がほとんどなく、北八ヶ岳から南八ヶ岳へ大規模噴火のたびに火口が移動したのだそうです。

論文の最後ではこのことを家の増改築に例えられていて面白かったな。富士山家は平屋の上に二階、三階、四階と増築を繰り返して四階建ての一軒家になった。八ヶ岳家は古い家を残しつつ順次隣へ別宅を新築していった。

守屋山から眺めた八ヶ岳。横(西側)から見ると細長い形をしています。新しい建物をどんどん隣に増やしていった結果がこうなったのか~、なんて思うと見方がだいぶ変わりますね。

こちらの論文、とても面白いので皆さまもぜひ読んでみてくださいませ。

https://www.fruits.jp/~luck_net/04_report_act/naito_report.pdf

↑普通にリンクを貼ってしまったけどこれで飛べるのかな…?

 

それにしても。先ほど横から見た八ヶ岳は細長いと書きましたが、見る方角で印象が随分変わるなぁというのは常々思っていることでして…

この記事の最初に載せた梅之木遺跡からの眺めもそうですが、南側から見るとどことなく御嶽山を彷彿とさせるような姿に見えるのですよね。

↑これは梅之木遺跡ではなく中山という場所からの眺めですが、同じく南側から見た様子です。

山名版はこんな感じ。南八ヶ岳の一番南側が見えています。

この角度で八ヶ岳を眺めるとき、いつも「大昔は全体でひとつの山だったのかなぁ…だとしたらすごいことだよなぁ」という妙な考えが脳裏に浮かんでしまいます。

例えるならばこんな感じ。

「んなわけあるかい」って自分で描いてて笑っちゃった。奥行きガン無視してるし。

でも、ソースは完全に忘れてしまいましたが、何かで「かつては7000mほどの一つの大きな山だったという説もある」と読んだことがあるのですよね… 私はド素人なのでそれは完全にトンデモ論なのか、それとも「もしかしたらなくはないのかも?」といえるのか、それすらもわからないのですが。

 

さて色々と余分な妄想も書いてしまいましたが、今回はこれにて。八ヶ岳は知れば知るほど面白いですね。長文でしたが読んでくださりありがとうございました_(._.)_