
山でのテント泊には必ず本を一冊持っていきます。今年は星野道夫さんの『旅をする木』でした。
心に深く沁み入る様々なエピソードがありつつも(また改めて読書メモとして綴ろうとは思っています)、中でも印象的だったのは、アンデス山脈へ考古学の発掘調査に出かけた探検隊の話。
大きなキャラバンを組んで旅をしている道中、荷物を担いでいたシェルパ達が立ち止まってしまった。一体どうしたのかとたずねると、
〝私たちはここまで速く歩きすぎてしまい心を置き去りにして来てしまった。心がこの場所に追いつくまで、私たちはしばらくここで待っているのです〟
これは、当時アラスカに住んでいた星野さんが初めて南アメリカ大陸を訪れた際「もっと遠い世界だったはずなのに飛行機であっという間に着いてしまい、このスピード感に身体も心もついてきていない」と感じ、そのときに思い出したエピソードなのだとか。
速く歩きすぎてしまい心を置き去りにしてきてしまった。…私もいつかそんな言葉を使ってみたい。

私が山で立ち止まる理由、それは「疲れたでござる」一択。

オットはいつもわりとサクサクと歩くのですが。
旅のスピード感といえば。
18~19世紀を生きたアメリカの作家W・アーヴィングの『船旅』という短篇には
〝アメリカからヨーロッパまで長い航海をしなければならないが、それがまたとないよい準備になる。新しい鮮やかな印象を受け入れるのには最適な精神状態ができあがるのだ。〟
とあり、なるほどと思った記憶。
アーヴィングは続けてこう綴っています。
〝陸の旅ならば、風景は次々とつながっており、別離の情はさほど感じられない。我々は旅路の先へ進むにつれて「のびる鎖」をひきずってゆくことができる。この鎖はきれない。やはりまだ我々を故郷にむすびつけているのだと感じる。
ところが広い広い海の旅はたちどころに我々を故郷から切り離してしまう。安全に錨をおろした静かな生活から解き放され、不安な世界に漂い出たのだと我々はしみじみ感ずる。〟
当時の長い船旅は、新たな世界への期待以上に恐怖や不安の大きいものだったんだろうなと思わされます。(もちろん現代でもそれは変わらないとは思いますが)
実際、アーヴィングはこの航海中に難破船と出くわし、その夜は船内で様々な陰気な話が飛び交ったのだとか。中でも船長の話に心を打たれたそうなのですが、その語りだしが
「わっしが航海しておったときのことですがな」
で、いやこれアンドロイドお雪現象じゃないかと一人ニヤニヤしてしまう私でした。
※アメリカが舞台の近未来SF『アンドロイドお雪』に時折登場する「へい〇〇でやんす、さいでやんす」口調に腰を抜かしたことに端を発する
さて、何の話をしていたんでしたっけ…
そうだ「旅のスピード感」。私は今まで気にしたことがなかったので、少し考えてみたいなと思った次第。
そういえば枝雀さんが何かのまくらで「これからね、リニアモーターカーなんていうのができるそうですよ、大阪から東京まで一瞬でしょうからね、私はいつどこで駅弁を食べたらいいんですか!?」と語っていたような…
ってそんな話を始めたらまた長くなってしまうのでそろそろ閉めたいと思います。
おやすみなさいまし_(._.)_