石仏様に見守られながら、信仰の山をゆく休日。
【今回のルート】
風越山麓公園→風越山登山口→虚空蔵山→白山社奥社→山頂のピストン(押洞ルート)
【合計距離】8.18km
【累積標高差】927m
【いきさつ】
天気予報に晴れマーク出現の定休日。
どこかで紅葉チャレンジでもしようと行き先を考える…
なんとなく出てきたのが権兵衛峠からの経ヶ岳。
すごく眺めがよくていいルートでしたよ!と昨年とある方から聞いていたので。
じゃあそこにしようとルートをじっくり調べてから就寝したのですが…
昨年に引き続きまたもや熊予知夢(?)を見てしまった私。
※昨年10月、庭にヒグマクラスの熊が出現した夢を見た翌日に烏帽子で人生初の熊に遭遇(距離があったため遭遇というより見かけただけですが)。
この辺りの山には100%熊がお住まいだからどこへ行っても同じといえば同じなんだけど、今月に入ってから伊那の街で熊が彷徨っているというニュースもあり(残念ながら大けがをされた方もいる)…なんとなく胸がざわざわ。
で、結局「もうちょっとにぎやかそうな山へ行こう!」ということになり、有名な飯田の風越山へ行くことにしたのでした。
実は少し前に常連様のS氏から「風越山の山頂手前に白山社の奥社があるんですよ」という話を聞いたばかりでもあるし。
【本編】
風越山麓公園の駐車場に到着。
ここから道路をとことこ下って行くと登山口があります。
駐車場はここと、もうひとつ「かざこし子どもの森公園」というところもあってそちらに停める方も多いみたい。
9:22 登山口からイッテキマース。
民家やゴルフ場などがある道をゆるゆると登っていきます。
登り始めてしばらくは舗装路。
地味にキツイやつですね、少し前に八ヶ岳へ行った時の桜平をなんとなく思い出す(;'∀')
コンクリから土に変わった瞬間思わずほっとしてしまったわ。
色づいた葉っぱを眺めながらのんびりテクテク。
石灯籠のところに立派な案内板が。
風越山はたくさんのルートがあるんですよね。
私たちが歩いたのは一番メジャーと思われる表参道。
最初は一番左の高鳥屋山(たかどやさん)ルートにしようかという話も出ていたのだけど「藪漕ぎ、ルーファイ必須」と書かれていたのであっさりやめました(;'∀')
昔から信仰の山として親しまれていたという風越山。
このような案内板がたくさんありました。
よく整備された道を歩いていきます。
ほんとうにきれいな登山道!山を歩いているというより遊歩道感覚。
分岐がありました。
私たちは虚空蔵山経由なので右方向へ。
わ、なんだかおもしろい形の木。
近づいてみると・・・
ミニミニケルンがたくさんで恐竜のようになっていました。
山あるある(笑)
そうそう、ここは登山道脇にいくつもの石仏様が鎮座されています。
さすが信仰の山。でも…千手観音?馬頭観音?何体もいらっしゃったけどはっきり分からず…勉強不足でお恥ずかしゅう。
頬杖をついたような姿の石仏様もあって、オットと「このお方は…えーと、えーと、どなただっけ!?」と話しながら歩いていたのですが、帰宅してから調べたら如意輪観音とのこと。覚えておこうっと。
途中、木々の向こうがぱっと開けて南アルプスが見えました。
テンション上がりますね。
10:12 秋葉様に到着。火伏の神様である秋葉大権現ですね。
秋葉様といえば真っ先に思い出すのは浜松市春野町の秋葉神社(秋葉山)。
私たちが初めての山登りをした思い出の場所なのです、実は。
確か2006年だったと思うんだけど、なにがきっかけなんだっけ…?
もともと秋葉神社には車で何度か参拝したことはあったのだけど、ある時なぜか「下社から上社まで歩くハイキングコースがあるから行ってみよう!」ということになったのですよ。懐かしいなあ。
また機会があれば歩いてみたいな。
さて先へ進みましょう。見上げれば秋色。
ややっ、このあたりは朴葉ストリートだ!!
登山道がものすごく立派な葉っぱで埋まりわっさわさ。
朴葉味噌食べたいな…そういえばちょっとお腹空いてきたかも。
そんなことをぼんやり考えながら歩いていくと、前方から何やらにぎやかな声が…。
お、虚空蔵山に到着だ\(^^)/
と思ったものの…数人のハイカーさんがベンチのところで大宴会中!
うおーこれはすごい騒ぎだな~と思い挨拶だけしてスルリと通過…
おっと、その前にちゃんとお参りと…
10:28 記念撮影をば。
虚空蔵というのは虚空蔵菩薩のことで、昔はここに虚空蔵菩薩が祀られたお堂があったそうです。
虚空蔵菩薩とは
ここから振り返ってみると
わっ、こんな絶景なんだ!!
山宴会を楽しむ皆さん。
左側にも数人の人影が。別々のグループなのかな?
かなりにぎやかだったけど、人の気配は嬉しい。(熊コワイ)
虚空蔵山を過ぎ、風越山山頂へ向けて歩いていきます。
石仏様に見守られながらの山歩き。
いい空気だなぁ。
こんにちは、お邪魔しています。
そうそう、秋の山に来るといつも気になるものがありまして…。
上の写真の黄色い葉っぱ。何の形に見えますか?
私はいつも恐竜の足あとに見えるのですよ。
それをオットに言ったら
オット「恐竜の足あと?面白いこと言うねー」
私「何に見える?」
オット「けろけろけろっぴじゃない?」
私「・・・(゚Д゚)」
けろっぴってこんな形だっけ??
いつも「何の葉っぱなんだろうなー」と思っていたので帰宅してから調べたらダンコウバイですって。覚えておきます。
葉っぱのじゅうたんを踏みしめながら先へ。
10:57 矢立木
突如現れる巨大な二本の矢。なかなかの迫力です。
「飯田市街地を挟んで対面にある山、神ノ峰から弓の名手が放った矢がここまで届いた」という伝承に由来するそうです。
ここから更に登っていくと…
赤く染まった葉っぱの街道が。
ベニマンサクの紅葉が有名らしいんだけどこれかな?
マンサクといえばトキワマンサクくらいしか思いつかないのですが…ベニマンサクは秋に花が咲くんですね。マルバノキ属というのか。
紅葉した葉っぱ、きれいだけど…
ず、頭上が眩しすぎる(;´Д`)
ベニマンサク街道を過ぎると、今庫の泉がある円悟沢ルートとの分岐が。
※私たちが歩いてきたのは表参道(押洞ルート)。
分岐の正面、視界が開けて山がよく見えます。
あそこが山頂なのかな?調べなきゃと思いつつ結局そのままだわ…
山肌の紅葉がぽつりぽつりきれいだなぁと思いながら眺めてみると、上の方から人の話し声が。
11:05 すぐ上に展望台があり、先客さんが休憩されていました。
南アルプスの眺めが素晴らしい展望台。
天気が良くてうれしいですねーと挨拶を交わしつつちょっとだけ写真をば。
左から仙丈ヶ岳~白根三山。
あの辺は…荒川三山の辺りだっけ。
白根三山より南に行くといつも山座同定があいまいです(;'∀')オハズカシイ
こうして見るとやっぱり飯田って「街」ですねぇ。
展望台を後にして、その後もてくてくと登っていきます。
木々の間から見える向こうの山々などを眺めながら。
真ん中の一番上に見えているぼっこりした山はどこなんだろうな。
所々だけど紅葉した木々がきれいだなぁ。
もっとどどーんと見えるといいんだけど…いや贅沢は言うまい。
駐馬休み、という案内板があり…
そのすぐ先に現れる鳥居。
信州飯田 風越山 白山社。(なんだか素敵な字)
ここから白山社奥社の神域ですね、お邪魔します。
鳥居をくぐった先は、これまでの広くきれいな登山道とは雰囲気が違ってやや細い道が続いています。落ち葉を踏みしめながら歩いていくと…
わっ、なんだこれは!
左側に突如現れた巨岩。
案内板を見ると「駐馬巖(ちゅうまがん)碑」の文字が。
駐馬巖碑とは…
高さ3mを超す岩の上部に「駐馬巖」と大きく横書きれ、その下に「舊(旧)所謂行者越也安政五年戊午正春吉」、右側には「南無妙法蓮華経」と彫られています。
明和8年(1771)9月、飯田城主堀親長が参拝のため供をつれて馬で乗りあげたが、ここから先は岩場で進むことができず馬を駐めたことから駐馬巖と名付けたといわれます。その後、安政5年(1858)に堀親義によって書かれました。南無妙法蓮華経の題目は、ここが日蓮宗経蔵時(飯田市上郷)の寺領で、滑落事故が多かったことから供養のために彫られました。
元々の参道は駐馬巖の下を通りましたが崩落していまい、滑落や落石の危険が高いため現在は迂回(うかい)しています。
なむみょーほーれんげーきょーーー… 実家の祖母が朝晩にお題目をあげていたなぁ。
そんなことをぼんやり考えながら先へ。
駐馬巖を過ぎたあたりから現れる石段。
大きな岩を削って作られたそうです。歴史を感じますねぇ…。
駐馬巖のすぐ上から役小角像にかけての自然石5ヶ所に、延べ42段の階段が彫られています。
この石段は、一般参拝者が危険なく通過できるようにと、安政年間(1854‐1860)に飯田城主堀氏が石工に命じて造ったといわれます。石を鑿(ノミ)で斫った(はつった)跡が残ります。
その先には、役小角(えんのおづぬ)像。
役小角とは、奈良県出身の飛鳥時代から奈良時代にかけての呪術者で、修験道(しゅげんどう ※3)の祖といわれ超人的な伝説が多くあります。周辺は岩場が険しく、かつては様々な修行が行われたとみられます。役小角はこの難所を高下駄(たかげた)で越えたといわれています。
※3 修験道:日本古来の山岳信仰と仏教が結びつき、山の中で修行を積んで超人的な力を得たり、悟りを開くとする信仰です。実際には仏教の要素が多く含まれています。
役小角の左右に二体の像があるのですが…「左右に前鬼と後鬼を従えた図像が有名である。」の前鬼・後鬼なのかな?
修験道の開祖である役小角が従えていたとされる夫婦の鬼。前鬼が夫、後鬼が妻である。
役小角を表した彫像や絵画には、しばしば(必ずではないが)前鬼と後鬼が左右に従う形で表されている。役小角よりは一回り小さい小鬼の姿をしていることが多い。
鬼なのか人なのかよくわからなかったな…。
次回行ったときはもっとじっくり眺めてみよう。
頭上の紅葉などを眺めながら歩く雰囲気の良い登山道。
次に、赤い随身門が現れます。
安永4年(1775年)に建てられたそうです。
遠い昔に思いを馳せる…。
随身門の先にはまた石段が。
ややガタガタなので足を滑らせないよう慎重に…
登りきると、
白山社奥社が見えてきました。
白山社奥社は神仏習合の社で、本殿は室町時代永正6年(1509年)に建立されたそう。
※神仏習合:神道と仏教が融合した状態で、神社で読経があったり仏像が安置されるなどしました。神は仏の仮の姿で、人々を救うために神の姿で人々の前に現れるとする本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)が唱えられたりしました。
そもそも白山社とは…
↓ちょっと長いけど飯田市のHPから引用しています。
白山社の祭神は、菊理姫命(くくりひめのみこと ※9)・伊弉諾命(いざなぎのみこと ※10)・大己貴命(おおなむちのみこと ※11)の三柱(みはしら ※12)です。
社伝によれば、養老2年(718)に加賀白山の開山者泰澄(たいちょう)が開いたとされますが、詳しいことは不明です。しかし、平安時代から「風越」の峯が和歌に詠まれていることから、古来より風越山が霊峰として崇(あが)められ、そこに社が建てられたと考えられます。
山頂付近にこれだけ立派な建築を建てられるのは、当時の権力者と考えられます。現在の本殿が建てられた永正6年(1509)は戦国時代で、飯田郷を治めていたのは坂西氏でしたので、坂西氏によって建立されたと考えられています。
その後坂西氏は滅びますが、天正20年(1592)以降、歴代の飯田城主により敬われ修理されたことが棟札より明らかです。特に江戸時代200年間にわたって飯田藩主であった堀家の信仰は厚く、享保16年(1731)に幣殿と拝殿を、安永4年(1775)に随身門を、安政年間(1854~1860)には参道を整備するなど、多くの事業を手がけました。
山頂付近には多くの巨石が積み重なっており、その隙間は風穴と呼ばれ、夏でも冷気が流れています。養蚕が盛んになると、カイコの卵を管理するために風穴が利用され、石室が造られたりもしました。
滝ノ沢にある里宮はかつては白山寺といって仁王門などがあり、風越山には五輪塔や不動堂などがあったことが、絵図からわかります。かつての日本は神道と仏教があまり分けられていませんでしたが、明治時代に廃仏毀釈(はいぶつきしゃく ※13)によって、白山寺はは白山社里宮となり、風越山からも仏教色は排除されました。
※9 ククリヒメノミコト:加賀(石川県)の白山神社の祭神で、白山比※(口ヘンに羊)神(しらやまひめのかみ)のことです。日本神話にほとんど登場しない謎の多い神です。
そうそうククリヒメ。
諸星大二郎作品でもククリヒメが出てくる話があったなぁ。
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この中の「黄泉からの声 第一章・井戸のまわりで」。
稗田先生の「ククリヒメという女神がいてイザナギに何か言ったんだよ」という言葉が印象に残ってるけど、結局何を言ったかがわからないんだから不思議な神様ですよね。
ククリヒメとは一体どんな神様なんだろうなぁ…とわかりもしないことをぼんやり考えながら、山頂への道を歩いていきます。あら、きれいなカエデの葉っぱ。
奥社を過ぎるとだいぶ道が登山道らしくなってくるのですが、特に難所はありません。強いて言えば、
↑ここです。(先行者さんがちょうど登っていくところ)
木の根っこが網目のように張っている斜面にロープが設置されています。
先行者さんが登っているあいだ真下でじーっと見ているのもプレッシャーになるだろうからと、少し手前で立ち止まって周りの山の風景を眺めていました。
さて先行者さんが登り切って姿が見えなくなったので私たちも。
結構急なんですが根っこの張り方がすごいのでロープなしでも登れるくらい。
でも雨の日や雨上がりは滑ってこわそう…あ、そういえばこの日雨上がりだった。よく考えたら根っこがちょっとつるつるしてたわ(;'∀')
その後、また少し登ったら…
道がなだらかになってきました。
二体のお地蔵様に挨拶をしながら数分歩けば、
11:40 風越山山頂に到着です\(^^)/
事前に調べてはいたんだけど確かに展望がない山頂ですね。
でも頭上の木々と青空はきれいだし、
足元は秋色。いい季節。
そうそう、最初に「歩いてみたいね~」と話していた高鳥屋山ルートはどこから行くのかな?と探してみました。どうやら山頂の看板の後ろから伸びている登山道のようです。
確かに藪漕ぎ必須みたいですね…地図には「下道がしっかりあるので迷うことはない」と書かれているけど私の足ではちょっと不安かなぁ。
そうそう、ネットで見た情報だけど「老いた熊が棲んでいるらしい」と書かれていたのがこのルートだったかな。熊が棲んでいるのは当然だとしても、この老いた熊という表現が“山の主”感を醸し出していますねぇ…。
山頂は木々に囲まれているわりに風が吹き荒れてとにかく寒い!
さすが風越山(という勝手な感想)。
お昼ごはんは別の場所で食べることにして下りましょう~。
下山も同じルートを歩きます。
木々の向こうに見えた山…あれはどこなんだ?(って今回ずっと言ってるな)
目線を下に落とせばきれいな落ち葉。
再び奥社、随身門を通ります。お邪魔いたしました。
「阿」「吽」
神様に失礼かなと思いつつもなんだかかわいいと思ってしまう。
駐馬巖も通り過ぎたら、
あとは紅葉など眺めながらひたすら下っていきます。
途中、南東側が開けたところでオットが立ち止まり「あれって蛇峠山かなぁ」とぽつり。え?どこ??
ズーーームしてみると、一番遠くの稜線上にぽこっと鉄塔などが見えました。
ああ~あれか!方角的に蛇峠かもね~。
以前は年に2回は遊びに行っていたけど最近行けてないなぁ…。
途中、ものすごくきれいに紅葉している木があったんだけど写真を撮ろうとしたら強風で煽られ…うまく撮れず(;'∀')
更にその強風でカラマツの葉っぱも飛ばされ…
上から横から降ってきて顔にびしっと当たっては思わず「イテッ!」と小さく叫んでしまった私でした。
そんなこんなでとっとこ下って…
12:50 虚空蔵山まで戻ってきました。
登りで通った時に宴会していた方々はさすがにもういなかったので(それどころか人っ子一人いない)、ベンチに座って休憩させてもらいました。
南アルプスの眺めが本当に素晴らしいな。
立派な案内板もちゃんとありましたよ。
眼下に飯田の街を眺めながら簡単にごはんを食べよう。
最近は、熊のことを考えると山中で料理してにおいを出すのもちょっと憚られる…ということで今回はコンビニで買ってきちゃいました。(ただの手抜きとも言う)
おやつも。
コンビニってなかなか行く機会がないので、たまに行くと「こんなのが出てるんだ!」とワクワクしてしまいます。ハッシュドポテト風のお菓子なんて私のためにあるようなもんじゃないか…美味しかったわ。
しばしのんびり…
途中、一組のご夫婦が来られただけでとても静かでした。
13:11 さて、そろそろ下りましょうか~。
ここから登山口までは一時間かからないくらいかな。
午後の日差しに輝く木々を眺めつつ。
時折開ける景色に見とれつつ。
石仏様も、ありがとうございました。見守ってくださって。
頬杖=如意輪観音、よし覚えたぞ(次回にはもう忘れてそうだけど…)。
そして下まで降りてきました~。
登山口から数分離れた駐車場に着いたのは14:01だったかな。
さてさて今回もケガなく楽しく行ってこられました。
ざっくりコースタイムは登り2時間20分、下りは1時間40分くらい。
歴史的見どころが盛りだくさんで学ぶことも多かったのですが、最終的に私の脳内に残ったのは
の二点でした…(;'∀')
※ククリといえばどうしてもグルグルがちらついてしまう…昔ずっと読んでてバカ面白かったので久々に読みたいな~古本屋で探そうかな。
あっ、それと!
風越山にはまだまだ名号石や弘法大師磨崖像など気になる見どころがたくさんあります。正規ルートを外れないといけないそうなのできちんと下調べしないとな。
飯田市のHPに載っていますので興味のある方はぜひ↓
風越山、近いし良いお山だったのでまたお邪魔したいと思います(^^)
拙いレポですが読んで下さりありがとうございました。